とにかく、わたしが一番心地好い方法を当たり前のように毎日、毎秒、選択し続けてくれている。
一番近くで、一番やさしい。

行きたいところへはどこでも
連れていってくれる。
食べたいものは好き嫌いを分かって
食べさせてくれる。
私のために好きな映画を選んで、
読みたい本も選んでくれる。
お花屋さんでは、私の部屋に来たいお花!
と声をかけて募集してくれる。

からだはいつだって、
私に最適な方法で動いてくれる。

食べる瞑想は、そんな当たり前すぎて
考えたこともないことを
あらためてわたしに感じさせてくれた。

「最高の休息法」という本の中で知った
食べる瞑想を代官山のオーガニックカフェで
じっくりゆっくりと試してみた。

食事を味わったのはもちろんなのだけど、
何よりも自分自身の手や腕の動きに驚いて、
感動すらした。

お味噌汁を持つその手は、
お椀の熱さが手の一ヶ所に集中しないように
最高の手加減で持っていた。
お味噌汁を飲むために、しかも飲みやすい
位置まで持ち上げて来て、熱くないように
口まで運ぶ。
ふうふうして、少しずつ口の中に運ぶのだ。

手と腕と口とそれをずっと見つめ続ける目。
全てが絶妙な連携で動き続ける。
全てが繊細で優しくて、微妙な加減で
お味噌汁を飲ませてくれていた。

どこまでもわたしにやさしい。

箸を持つ手の何と細やかなことか。
食べ物を絶妙な力加減でつかんでは、
一寸の狂いもなく、私の口まで運んでは
満足するまで食べさせてくれる。
こんなに自分にやさしいひとは、他にはいない。

DSC_0545


目を閉じて、体の声を聴いてみる。

肩や首や背中まで固まっているよ、
目が疲れてきたな、
足首が動きづらくなっている、
腰の辺りも何だか違和感がある、
などと、大合唱が聞こえてくる。

本当は毎日、気付いたところを少しずつでも
動かして、生き生きとさせてあげるのが
いつも頑張っている体への思いやり。

これからも一生一緒にいるのだから、
自分に一番やさしいひとに、
優しくありたい。

自分の体に意識を向けて動くピラティスは、
体の声を聴く最高の方法のひとつなのだと思う。